Known






























屯所の中が静かだ。
見廻りに出ている者以外は、花見をするのだといって近藤が連れて行ったのだからさもありなん、といったところだ。

土方はひとり、留守番だった。無論、それは名目であって留守を守ろうという気持ちがあるわけではない。その証拠にやろうと思えばいくらでもある仕事をほったらかして、さっきからずっと畳の上にごろりと寝転んだまま、何もしていない。

本当なら、留守番は山崎あたりに任せて久々に晴れ渡った非番の日をもっと有意義に過ごすはずだったのだ。やかましい連中との花見と題した宴会などではなく。
それがこんな風に情けなくも無聊を持て余しているのは、自業自得だと思うから、余計に何をする気力もわかない。


───土方さん。明日の約束ですけど、近藤さんがみんなで花見をしようって
     言ってるんでさ。そっちに行きやせんか?


そう告げた時の総悟は楽しそうだった。
滅多に見せない、年相応の、純粋な笑顔。
それを見た時に、ろくでもない幼稚な感情がふつりと湧きおこった。


───行きたきゃ行けよ。

───じゃ、行きやしょう。

───俺はいい。


なんで?と首をかしげる表情があまりにも幼くて驚いたのが半分、
残りは────


───・・・・宴会って気分にはなれねえよ。


分っている。なんともみっともない話だ。

独占欲。
嫉妬。
いや、むしろ約束を反故にされてふくれる子供と同程度の僻み。


近藤が楽しそうな事を企画して総悟を誘えば、総悟が喜んでそれに従うことくらい考えなくても分る。総悟が近藤を慕うのは父を慕うのと同じ類のものだということは厭というほど知っているし、第一、土方自身にとっても近藤は血肉を分けた兄弟も同然の存在だ。だから近藤を恨む気持ちも妬む気持ちもない。

総悟が喜ぶなら、自分の計画など二の次にして一緒に出掛けてやるくらいの度量を示すべきだったのだ。
それができなかった己に、腹が立って仕方がない。

しかし生まれついての性格が災いして、言を翻し素直に思う通りの行動をとれないのが、土方十四郎という男だ。
それも、仕方がない。



土方は眉根を寄せた不機嫌な顔つきのまま、手近に置いていた煙草に手を伸ばした。








「ひっじかったく〜ん♪」






能天気な声が頭痛を誘う。

今聞きたくない声の持ち主を三人挙げろ、と言われたら一位から三位までを独占しそうなひとりの男の声だ。



「いません。留守です。死にました。」


だがそんな返答で黙って帰るような男ではないのだ。あの、天パ野郎は。


「またまた〜。お届けモノなんですけどぉ。」

「頼んだ覚えのねえ品物を代引きで引きとらせようって手口の詐欺なら先に言え。面倒臭せえから手っ取り早く逮捕・・」



してやる────と、最後まで言えなかったのは、“お届けモノ”が実にイキのいい生ものだったからだ。


「ちょっ・・!旦那っ!離してくだせえっ!何がお届けモノだって・・・っ!!」

「ちょっと土方くーん!早く受け取ってくれないかな?!お荷物の保管は別料金かかるよ?!」

「・・・・何やってんだ・・・・?」


唖然としながらも、体が勝手に動いて土方は裸足のままで庭へ降り、スクーターの後ろに括りつけられた総悟に駆け寄った。


「いやあ、お花見でさ、真選組のみなさんと合流したのはいいけど、沖田くんったら花も見なけりゃ酒も飲まない、折角この銀さんがカラオケデュエットに誘ってあげても完璧シカト。盛り下がること甚だしいわけよ。」

「・・・・。」


総悟の体を固定している縄を外しながら、坂田を見ていた土方はそっと総悟に視線を移す。
楽しみにして出掛けたはずなのに、楽しくなかったのか。


「アゲてナンボの花見の席に、シリアスな色恋の悩みとかホント、勘弁してほしいし。で、この子、強制送還っつーわけ。土方くん、あとは責任とってちょーだい。
じゃ、配送料は後日請求書回すんで!」


じゃあぁねえぇ〜〜〜、とこめかみに響く能天気な声は安っぽいスクーターの排気音と共に遠ざかってゆき、後には春らしい軽い風にそよぐ木の葉の音と、のどかな鶯の鳴き声だけが残された。
















「・・・花見、行きたかったんだろ?それなのにどうかしたのか。」


この期に及んでもまだ素直に言葉を吐けない土方に、総悟は縛り付けられていた腕のあたりをさすりながら一度だけ視線をよこし、それからすぐに顔を背けた。


「・・・桜なんかちっとも綺麗じゃねえし、酒も水みたいに薄くて不味かった・・・それだけのことでさ。」


天の邪鬼加減で言ったら土方を圧倒的に上回る総悟の、それが精一杯だったのだろう。
土方は、スクーターの排気音が消えたのを確かめてから、ようやく肩の力を抜き、そのまま無言で総悟を抱き寄せた。


「・・・・悪かった。」

「・・・・別に・・・・・アンタがいないからつまらなかったなんて言ってませんぜ・・・・」

「ああ。」

「・・・・かえってアンタのいない隙に近藤さんにしこたま飲ませて俺を副長にしたって言わせても良かったんだ・・。」

「酒の席で近藤さんが何言っても誰も信用しないぜ。」

「・・・・近藤さんにとってはアンタが一番だって自惚れてんですね・・・。」

「自惚れじゃねえ。事実だ。」

「・・・・実力では俺の方が副長に相応しいのも事実でさ。」




そんなつまらないことを言いながら、土方の背に回された総悟の腕はよりきつく絡みついてくる。



「総悟。」

「・・・・でも、アンタにとっての一番は、俺ですよね・・・・・?」

「いちいち言わなきゃ分らねえのかよ。」

「分ってまさあ。・・・アンタ、俺がいなきゃダメなんだ・・・・。」

「ふん。」

「ダメなの分ってて・・・・・」





ふっと風が止み、鶯が黙り、春の陽射しの中に何の音もしない一瞬が訪れた。






「・・・・ごめんなさい・・・・・・。」













淡く霞む春の光には似つかわしくない重く暗い色の隊服を華奢な身体から静かに引き剥がし、肌の温度も骨格もはっきりとわかるシャツ一枚の姿になった総悟を強く抱く。


「ガキみてえだな、俺は・・・。・・・みっともねえ。」

「ガキがそんな風に股間を硬くしながら口説いたりしませんぜ・・・・・。」

「・・・口説いてねえだろ。」

「アンタはそのつもりでも・・・・・こっちは口説かれて流されちまう大馬鹿野郎になった気分ですよ・・・」


ぎゅっとしがみついてきた総悟の唇が、土方のもとからはだけていたシャツの胸元に押し当てられたのは偶然だったなどと、無用な言い訳をする必要は、もうなかった。


「土方さん・・・俺、流されたい・・・・・」

「ああ。」


桜の花びらよりももっと儚く柔らかい触れ心地の、栗色の髪へ指を忍ばせて抱きよせながら、土方はそっと口の端に笑みを浮かべた。


「おまえの体に桜吹雪を散らしてやるぜ。」

「・・・土方さん・・・・」


ほっと、すでに熱を帯びた吐息を吐き出す総悟の耳へ、ちゅっと軽いキスをして。


「だが、ちょっと待て。」








顔をあげかけた小さな頭を更に強く抱え込む。







「よろず屋。のぞいてねえでとっとと帰れ!!」









土方のケチ〜、むっつりスケベ〜、料金水増ししてやるぞこのやロー〜、という微かな声がどこからか聞こえたが、その時にはもう土方の手で総悟の耳は塞がれ、ついでに唇も甘やかなキスで塞がれていた。





















end










gin's works @ 2011.04.01up