秘密───声を殺して───
ふと顔を上げると、さっきまで重い闇に包まれていた部屋の中が少しばかり明るくなっていた。
結局徹夜しちまったか、と土方は残りわずかとなった書類を眺めて大きく息をついた。
眠気の峠は1時間ほど前に越えてしまったが、少し眠ろうか──と考えて無意識に煙草へ手を伸ばす。
(だが、朝一で山崎が報告に来ることになってたな……)
気持ちよく眠ったところで起こされるのは御免だ。
それならもういっそ起きていた方がいい。
一服して、残った書類を片付けて、それから顔を洗って体を清め、昨日から着っぱなしの隊服を替えて、
そうこうしているうちに誰か起きだしてきて、新しい一日が始まるだろう。
肚を決めて、煙草を咥えた時だった。
「何でい。徹夜で仕事ですかい。要領悪ぃ。」
カラリ、と障子の開く音に続いて耳慣れた声がこれも耳慣れた悪態をついた。
「要領の問題じゃねえ。俺がこれを片付けなきゃ、隊が回らねえだろうが。」
「早死にしますぜ?ま、俺が手を下さずに死んでくれるなら願ったり叶ったりですがねぃ。」
実に可愛くないことを言いながら、総悟は後ろ手に障子を閉め、土方の隣へぽすんと腰を落とした。
総悟も上着をとってはいるが隊服のままだ。夜の間、出動があったわけでもないのに、一体どうした、
と、土方は眉間を顰めながら疑問を口にした。
「俺ぁ、あんたみてえに枯れてねえんで。町へ出て、女抱いて来たんでさ。」
シャツのボタンをひとつ、ふたつ、と外しつつ、総悟はさらさらの髪を掻き上げる。
土方はそれを細めた目で見守った。
「ふん。ガキが。女の匂いなんかしねえよ。」
そう言ってやると、不貞腐れるかと思いきや、総悟は土方を見上げてにやりと笑った。
「ホントは、人を斬ってきたんでぃ。」
「血の匂いもしねえな。」
「実を言うと、バイク盗んで一晩中湾岸あたりを──── 」
「油の匂いも、潮の匂いもしねえんだよ。」
ふう、と長く息を吐き、土方はゆっくり総悟の肩を抱き寄せた。
女の匂いも、血の匂いも、油の匂いも潮の匂いも─── するわけがない。
ただ微熱を帯びたからだは、思いのほか素直に土方の腕の中へ納まった。
「待ってたんならそう言えばいいじゃねえか。」
「俺がそんなコト言い出したら世も末ですぜ。」
「ま、そりゃそうだがな。全く、てめえは薄っぺらい嘘ならべらべら喋るくせに
本心は一言だって言いやがらねえ。面倒臭えにもほどがある。」
「そこが可愛いんでしょうが。」
可愛かねえよ─── と囁いて、音をたてないように畳の上へ押し倒すと、
総悟はやんわりと微笑んだ。
「あんただって、本心は言わないじゃねえですかぃ。」
「うるせえよ。黙れ。声出すな。」
「けっ。あんたみたいな下手クソ相手に声なんか出してやるかってン……ん……」
土方はもう一度、可愛くねえ、と赤く染まった耳へ囁いて、希少な宝物でも扱うかのように
恭しい手つきで総悟の服を寛げ始めた。
もうすぐ朝になる。
山崎が報告に来る前に、徹夜のご褒美は食い尽くせるだろうか。
gin's works @ 2013.4.23up