秘密───束の間の休息───







任務を片付け、例によって手助けになるどころか大騒動を起こしただけの子供たちを学園に連れ帰り、
私は職員室に顔も出さないままでそのままもと来た道を戻った。
子供たちを守るために一緒に動いてくれた利吉くんが、去り際の挨拶もせず消えてしまったことに
一抹の不安を覚えたせいだ。

(怪我をしていた……)

子供たちは気づいていなかっただろうが、私まで誤魔化せるとは彼も思ってはいまい。
だが私に心配をかけないようにというのか、それとも弱みを見せたくないとでもいうのか。
どちらにしても彼は分かっているようで分かっていない。

手負いの姿を私に見せたくないという彼の気持ちが自尊心からくるものであれ、私への気遣いであれ、
私が黙って見過ごすわけがない、ということを。

「見つけたよ、利吉くん。」

「…土井先生…」

人里離れた山の中腹、高い木がざわめく森の、伸び放題の下草に紛れて身を隠していた利吉くんは
私の姿を見とめると、驚いたように目を瞠った。

「……なぜ……」

「私も忍びだよ。見くびってもらっちゃ困る。」

「先生を見くびるなんて…。」

先生が極めて優秀な忍びであることは分かってます──、と小さく呟きながら彼はそっと傷を隠す。
言っていることとやっていることがちぐはぐだ。

「分かっていないね。私にその怪我を隠し通せるものと思っているなら、全く分かっていない。」

「すみません。先生が僕の失態に気づかないなんて思ってません。ただ────」

上衣を肌蹴け、曝け出した締まったからだ。
滑らかな肌の上に滲んだ鮮血がやけに艶やかだ。

「あなたがいることに安心して油断しました。」

「そんな自分を許せない、と?」

「はい。」

「だったら、私も自分を許せないな。」

「先生……?」

誰もいない山腹の森の中、言葉の消えたひと呼吸の間、静けさは耳に痛いほどだった。

「君を本当に安心させることができなかったんだろう、私は?」

「土井せん………!」

私は彼の前に膝をつき、そのままほっそりとした、傷ついたからだを抱きしめた。
儚さなど感じさせない健康的でしなやかな体躯。でも、腕の中の肌は冷たかった。

「……私がいることで強くなれる、君にそう信じてもらえるようになるには
 私自身がもっと強くならなくちゃいけない。それにはもう少し時間が必要だ。すまない。」

そう、教師と名がついているだけで私もまだまだ未熟だ。
でも彼と共にあれば、きっと私は強くなれる。
そして彼にもそう思ってほしい。
そう信じあえた時が、私たちの関係が真実のものになる時だ。

「今はまだ……これくらいのことしかできない自分が歯がゆいよ。」

傷に障ったかもしれないが、私は敢えて全力で彼のからだを抱いた。
油断しても、失敗しても、逃げ出しても、私は必ず君を支えると、言葉にする代わりに。

「充分です、先生。」

すらりとたおやかな腕が伸びてきて私の首に絡みつく。
戦いの後の塵と微かな血の匂いに混じって、私の鼻孔をくすぐる甘い香り。

「……安心したら……力が抜けちゃいました。少しの間、こうしていてもいいですか。」

「ああ、もちろん。」

焦らなくてもいい。
今はまだ、戦いの終わった君に束の間休息できる場所を提供することしかできないけれど。

私たちは茂みに隠れて秘密の口付けを交わした。











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